Q.先生が漫画家になられてから、職業柄日常で無意識的にやってしまうことはありますでしょうか。
辛いことがあったときでもあとで漫画のネタに使えると思うようになりました。『スニーキーレッド』の釧路が偏頭痛を持っているという設定も、私が原稿を描き上げたあとは必ずと言っていいほど偏頭痛に悩まされることを元にしています。長い作業から解放されて体が緩んだ時に頭痛が起きやすいらしく、とても辛いのですが、このことは絶対漫画のネタに使ってやろうと思いました。
あとは現在『あちらこちらぼくら』という高校生を題材にした漫画を描いているので、電車の中などで高校生の集団が近くにいるとイヤホンで流していた音楽を切って、聞き耳を立てるようになりました。
Q.現在onBLUEで『PERFECT FIT』を連載中ですが、新しい漫画を描くにあたっての、大まかな流れをお教えください。
実は今回の連載を始める少し前までは高校生が主役の話を描きたいと思っていたのですが、並行して連載している『あちらこちらぼくら』が同じく高校生ものなので気持ちにメリハリがつかないという問題があり、onBLUEの編集さんと相談をして『PERFECT FIT』を描くことに決めました。また、本作には左腕に欠損障害がある田中というキャラクターが出てくるのですが、彼について編集さんに説明した際に「人気が出そう」と言ってもらえまして。なにせデビュー作が暴力から関係が始まる話だったので。ピアスをたくさんつけていたり、刺青が入っていたり、身体の一部がないというのをそこに含めることの是非はまた別ですが、見た目に何か大胆な要素があるということに惹かれる読者の方が多いのではないかという判断でした。
『PERFECT FIT』の話の流れは連載を続けているうちに最初考えていたものからどんどん変化していきました。私は田中の左腕のことを話の中心において物語を広めていきたいと思っていたのですが、この話を恋愛モノとして描くのであればときめきや萌えを強く押し出すべきだと編集さんに説得され、そのお話にとても納得して方向性を変えていきました。ただ、田中の左腕についてこだわりすぎないことも不自然なのでそこはバランスを見ながらエピソードを入れるようにしました。
Q.先生が物語を作る上で、こだわっていることなどはありますでしょうか。
台詞をつけるときに口に出して喋ってみたり、頭の中でキャラクターが自然に喋れるかどうかを確認します。上手く喋れなかったときは、その台詞は使わないことが多いです。荒木飛呂彦先生の『荒木飛呂彦の漫画術』にも同様のことが書いてあって、大事だと思ったので続けています。
あとはキャラクターに好きな食べ物を設定しています。これはちばてつや御大がおっしゃっていたことなのでマストだ!と思いました(笑)たとえば『スニーキーレッド』の釧路だったらゼリーなどの水物っぽいものが好きだったり、「しろくま」や「パルム」のアイスを食べていたりなど普段日常にありそうなものを設定しています。キャラクターの心情に共感できないと言われてもいいのですが、身近に感じれられる部分があれば少しは好感を持ってもらえるんじゃないかと思いました。
Q.キャラクターを作るときに基になっているものやこだわっていることなどはありますでしょうか。
キャラクターを作るときは描きやすさを優先しています。私の漫画には短髪や坊主のキャラクターが多いのですが、編集さんから「描きすぎだからすこし控えてほしい。」と言われてしまいました。一説によると、現在BL漫画界では髪の毛が長めのキャラクターのほうが好かれる確率が高く、最悪売り上げにも関わってくるそうです。私はどちらかというと髪が短いキャラクターのほうが好きなのでいつでも描きたいと思っているんですけれど。
昔から頭が丸いキャラクターが好きで、仮面ライダーの見た目が好きでした。他にも『セーラームーン』に出てくる、火野レイちゃんという黒髪の女の子が巫女さんとして働いていたところのお坊さんが好きでした。頭がつるっとしていて(笑)
私の作品は学生が出てくる話が多いのですが、昔から好んで描いていたというわけではないんです。2011年くらいに学ラン姿の男の子の絵を描いて展示する『学ラン展』というものに参加したことがありまして、そこでほとんど初めて学生服の男の子を描きました。一度描いたら面白くなってきて、そこから高校生のヤンキーなども描くようになりました。
キャラクターは、変な話ですが私の場合「自分のパンツや靴下を自分で洗っているところ」まで想像できて初めて漫画の登場人物として扱えるようになります。それぐらい身近に思えないと動かし辛いと感じてしまいます。すこし話が逸れますが、雲田はるこ先生がキャラクターの履いている下着まで個別にデザインされているのを見たときには本当にすごい!と思いました。
Q.作品ではアナログでのカラーイラストがとても魅力的ですが、デジタルではなくアナログにこだわっている理由をお聞かせください。
まず大きな理由として、私がデジタルで色を塗るのが下手だということがあるのですが、印刷では出せない、アクリル絵の具や色鉛筆の生の色を見るのが好きなんです。アナログで絵を描きつづけているのは、自分のテンションを上げるためというのが一番の理由かもしれません。けれど、やはりアナログ画材の需要は減っているらしく、すでに画材屋のスクリーントーンの売り場が縮小されつつあるので、デジタル環境でも仕事ができないと今後厳しいのではないかと思っています。しかしデジタルで作業していてもアナログの原稿に近づけていく感覚になると思うので、そこで私は苦戦すると思います。
Q.『スニーキーレッド』のファンから続きの要望を受けて連載になったとお伺いしましたが。
編集さんにとっても、あの作品をたくさんの人が読んでくれたという実感があったようで、1巻目が出て間もないころ「続きを描きませんか」とお話をいただきました。ですが、実は一度はお断りしたんです。それでもありがたいことに『スニーキーレッド』を読んでくれた方から「続きを描いてほしい」という要望を多く頂いたので、続きを描こうかと迷い始めました。そのころ、ちょうど編集さんと一緒に雲田はるこ先生のご自宅に伺う機会がありまして、雲田先生にそのことを相談したら「描いた方がいい」という旨のアドバイスをいただきました。雲田先生が言うなら間違いないと思い、そこで続きを描く決心がつきました。田中相先生にも相談をしたのですが、「釧路くんはこれから就活だから大変だね。どうなるのか気になる。」と言ってくださったんです。私は釧路の進路について真剣に考えたことがなかったので、とても新鮮な気持ちになりました。そこからアイデアを貰い、続編を描きました。
Q.これから新しくチャレンジしたいことをお聞かせください。
今まで自分が描いたことのない分野の漫画に挑戦してみたいです。普段私が描いている漫画は日常を舞台にしたものが多いのですが、今後専門的な知識を必要とするような物語を描く機会があるといいなと思っています。
Q.最後に漫画家を目指す人にメッセージをお願いします。
端くれといえど、漫画家になれるとやはり嬉しいです。しかし同時に、とにかくしんどい職業だということもお伝えしたいです。延々と続く苦しさを凌ぐくらい楽しんで描く能力がないと続かない仕事だと痛感しているところです。
漫画家を目指す方や新人作家さんの中には、担当編集さんとの関係で悩んで筆を折ってしまう方も多いと聞いております。人間同士の相性も絡んでくるのでとても難しい問題だと思うのですが、私の場合は、打ち合わせやネームチェックの時に「疑問に思ったことは納得する答えをもらえるまで質問する」ということを心がけるようにしてから気持ちが楽になりました。
「嫌だと思ったらはっきり伝える」というのも大切ですね。以前、単行本のカバー用に描いた絵がデザインを経て自分の塗った色とまったく違う色に変わっていたことがあったんです。元の色に戻してほしかったのですが、当時新人だった私は「ここで盾突いたら今後仕事がもらえなくなるのではないか」と馬鹿げたことを思い、結局言いだすことができませんでした。今ではいいカバーだと言いきれますし、デザイナーさんと編集さんには心の底から感謝しています。ですが、その時の悔しい気持ちをひきずっているし、恨みを後出ししても傷付く人が増えるだけなので、言いたいことは言える時に言ったほうがいいと思います。